HSP × 共感性羞恥

日常生活

こんにちは。
HSPの颯太です。

今回は「共感性羞恥」についてです。

ちょっと前から「共感性羞恥」という言葉を
SNSでよく見かけるようになりました。


誰かが恥ずかしい思いをするシーンを見ると
まるで自分が経験しているかのような気持ちになってしまい
恥ずかしくなってしまうというものです。




HSPの方はこのような経験が
多いんじゃないかなと思います。

テレビやドラマで誰かが
恥ずかしいことをするシーンが見ることができない

誰かが怒られていると
自分が怒られているような気分になる

こういったことを経験したことは
あるのではないでしょうか。


僕も何度も数えきれないぐらい経験しています。

電車に乗ろうと急いでいる人が
間に合わなかったりするのを毎朝見かけますが

見かけるたびに
とても恥ずかしい気持ちになってしまいます。





学生時代は誰かが怒られていると
いてもたってもいられなくなり
目を向けることができませんでした。

心の中で「自分が悪かったですごめんなさい」
関係ないのに謝ってしまうこともありました。


特に僕が中学生のときにすごくショッキングな
ことがおきました。

当時は授業中に友達同士で手紙を
回すのが流行っていました。

ただ、バレると怒られてしまうため
みんなこっそりと回していました。

ある日見つかってしまったクラスメイトが
かなり怒られてしまいました。

先生としては、これで落ち着くと
思ったのかもしれないですが
生徒側は簡単にはやめませんでした。

数日後に別の生徒同士で
手紙の交換をしていたところを
またもや見つかってしまい
またお説教が始まってしまいました。


ただ、この時はただ怒るだけでは
ありませんでした。

ちょうどお説教が始まったのが
帰りのHRの時だったため
なかなか帰れずにいました。

そんな中、先生が

みんな怒っていいんだよ
帰る時間が遅くなってるんだから

と怒りを助長するようなことを言い始めました。


そんなこともあってか
舌打ちをするクラスメイトもいて
最悪の雰囲気になりました。


みんなの怒りを助長するようなことも
言っていたこともショックだったし

刺すような痛みすら感じる雰囲気に
晒される続けるのも苦痛でした。


もうこれ以上誰も責めないでほしい
きっと本人たちも反省しているはず
注目を集めて苦しんでいるはず



そんなことを思いながら
その人たちを見ないようにするので
精一杯でした。


なんとかお説教が終わって
帰るころには抜け殻のようになっていて

別のクラスメイトが注意しているのを見て
さらにげんなりして帰ることに…。

今でも思い出すと心がそわそわする記憶です。



共感性羞恥は無視することができません。

なので明らかに共感性羞恥を
感じそうなテレビなどは見ないようにして

日常生活でも危ないなと思ったら
目をそらすようにしています。



例えばさきほどご紹介した電車では
なるべくスマホや社内広告を見るなどして
ドア付近に意識を向けないようにしています。

そうすることで走ったけど
間に合わなかったという人を見なくて済みます。

地味にストレスになることもあり得るので
避けられるものはうまく避けて
穏やかな日常を過ごせていけたらと思います。


最後までお読みいただきありがとうございました。
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